1.はじめに

 今回のレポートを書くにあたって、あらかじめ2本のビデオ、「うつ病」と「アスベスト」を見させていただいたが、私はそのうち「アスベスト」のビデオの内容と、任意に選んだ二つのキーワードより抽出した以下に示す2つの論文の内容を織り交ぜて、考察を示した。

 

2.選んだキーワード

 「中皮腫」 「予後」

 

3.論文要約

   アスベスト胸膜炎の臨床−その診断と予後− 田村猛夏

(要約)

<定義> 

アスベスト胸膜炎は、石綿ばく露による胸膜炎のことである。肺がんや悪性中皮腫といった悪性腫瘍に由来する胸水に対して、良性石綿胸水とも呼ばれている。

<診断>

 診断には、以下に示すEplerらの診断基準がある。

@石綿ばく露を有する。

A一連の胸部X線写真により一過性の胸膜変化や、胸腔穿刺によって胸水を認める。

B他疾患が否定される。

C胸水貯留後3年以内に悪性腫瘍に罹患しない。

<病因>

 発生機序については不明な点が多いが、筆者らは自験例の胸膜生検所見などから、2郡に分けてその機序を推測している。

 A郡は胸膜プラークの特徴であるbasketweave formationと、その臓側寄りに器質化したフィブリンの比較的新しい病変を認めるが、炎症所見は低い。機序としては、石綿繊維の機械的刺激や胸膜の繊維化によるリンパの排出孔の閉塞が推測されている。

 B郡は胸膜プラークを伴わず、細胞浸潤などの炎症所見が強く見られ、自己抗体が陽性で、自己免疫の関与が考えられる郡である。機序は、石綿繊維のアシュバント効果による自己免疫の関与などが考えられる。

<病態>

 Eplerらは、被ばく露から胸膜炎発症までの期間は平均14.3年としているが、国内外301例の集計では、初ばく露から胸膜炎発症までの平均期間は22.4年で、Eplerらの報告より長い傾向にある。

 石綿ばく露の程度とアスベスト胸膜炎の発生については、Eplerらが石綿ばく露の程度によりT〜Vの3段階(Vが一番高度)に分けて検討し、V郡7.0%、U郡3.7%、T郡0.2%に認められ、高ばく露のほうが高い発症率を示したと報告している。筆者らの経験例も高度ばく露例である。

 臨床症状は国内外の報告例中、症状が記載された128例中45例(35.2%)に胸痛、32例(25.0%)に呼吸困難、7例(5.5%)に発熱が見られ、無症状は60例(46.9%)であった。

 胸水の性状は滲出性で、Robinsonらの報告では22例中13例が血性胸水で、白血球の好酸球成分が50%以上を占める好酸球性胸水が5例に見られている。また、Hillerdalらは66胸水中35胸水(53%)は肉眼的に血性で、26%が好酸球性であったと報告している。このように、アスベスト胸膜炎の胸水には血性を呈するものが多く、好酸球増多も高率に見られる。

<治療と予後>

 胸水消失までの平均期間は約4.3ヶ月で、自然消退が多いとされている。しかし遷延例も見られる。治療としては、胸痛と発熱があれば消炎鎮痛剤や解熱剤を投与するなどの対症療法を行う。多量に貯留する例では、胸腔ドナレージを必要とすることもある。また、自己免疫疾患合併例や遷延例などでは、副腎皮質ホルモンの投与を行う場合もある。

 X線経過では、Eplerらは34例の追跡を行い、32例(91.4%)に肋骨横隔膜角の消失を、19例(53.4%)にびまん性胸膜肥厚を認めている。また、再発は28.6%に見られ、対側へのものが多いとされている。

 自験例では、12例のうち再発が5例(41.7%)7側に見られ、同側へのものは1側だけで、対側へのものが多かった。健診などで偶然発見されることが多く、自然消退が多いとされている。しかし、石綿による非腫瘍性胸膜病変の中には急速に胸膜肥厚が進行していくものがあり、Hillerdalはこれを“progressive pleural fibrosis”進行性胸膜線維症として報告している。Hillerdalによると、石綿による非腫瘍性胸膜病変を有する891例中27例(3.0%)に本症を認め、その中の4例は胸水で始まったと述べている。自験例においても、2例において胸水貯留を認めて以来、両側の肋骨横隔膜角の消失と胸膜肥厚が急速に進行し、呼吸不全で死亡しており、進行性胸膜線維症に相当する症例と考えられる。

 アスベスト胸膜炎の経過の1つとして、悪性中皮腫への進展が注目されている。自験例では悪性胸膜中皮腫の出現は見られなかったが、国内外の報告例70例中10例(14.3%)において、アスベスト胸膜炎発症から6年以後に同側の胸膜中皮腫が報告されている。

 このように、進行性胸膜線維症への進展や同側での悪性中皮腫の発症などが見られており、注意深い経過の観察が必要である。

 

 

 

 

 

 

   悪性胸膜中皮腫の臨床的ならびに生物学的予後因子の検討

中野喜久雄 塩田雄太郎 小野智代 谷山清己 平本雄彦 山本戸道郎

(要約)

悪性胸膜中皮腫は極めて予後不良であり、診断からの生存期間中央値Median survival timeMST)は7ヶ月ないし17ヶ月である。しかし限られた症例では化学療法、集学的治療の有効性が報告されている。そのため少数の症例でも適正に生存期間の層別化ができ、さらに治療効果を予測できる予後因子の確立が必要である。

 今回、悪性胸膜中皮腫の臨床的ならびに生物学的予後因子を明確にするために、後ろ向き研究でおこなった。解析した54例のうち、胸膜摘出術、胸膜肺全摘出術あるいは化学療法のいずれかを施行した例は23例、43%あり、対症療法は31例、57%だった。

 悪性腫瘍の診断日を起点としてKaplan-Meier法で求めた背景因子別の生存率の有意差検定をおこなった。この単因子解析予後不良因子は年齢70歳以上(P=0.0337)、非上皮型(P=0.0407)、対症療法(P=0.0268)、診断遅延(P=0.0028)であった。また、対象全体のMST8.6ヶ月、一年生存率は33.2%であった。

 EORTC予後点数のカットオフ値を1.27として、それ以下をLow-risk郡、以上をHigh-risk郡の2郡に分けた。Low-risk郡のMST1年生存率は10.5ヶ月と43%であり、High-risk郡の3.5ヶ月と18%に比べ有意に良好であった(P0.0146)。

 腫瘍壊死の有無の検討が可能であった16例について、腫瘍壊死の有無で二郡に分けた場合、無い郡のMST15.5ヶ月で、有る郡の7.0ヶ月に比べ良好であった(P0.0077)。これに加えて単因子解析で有意差を認めた因子について、Coxの比例ハザードモデルによる多変量解析の結果、腫瘍壊死(P0.0349、ハザード比10.4)と年齢が独立した予後因子であった。

 病気分類は正確な診断が困難なため予後因子として明確にされていない。以前から汎用されているButchart病気分類は予後因子であるとする報告もあるが、この分類では早期例が多くなり必ずしも生存期間と相関しない。また新たに提唱されたInternational mesothelioma interest groupIMIG)分類は胸壁や肺への浸潤を手術や胸腔鏡で確認する必要があり、CTあるいはMRIでの画像検査だけでは正確さを欠くと思われる。Sugarbakerらは胸膜肺全摘術例でButchart病期分類ならびにIMIG病気分類では、いずれも予後の層別化ができないとしている。さらにEORTCならびにCALGBが提唱している予後点数化式には、病気分類は組み込まれていない。一方、Ruschらは胸膜摘出術あるいは胸膜肺全摘術の施行例でIMIG分類が多変量解析でも独立した予後因子であり、StageTからStageWまでのMSTがそれぞれ35ヶ月、16ヶ月、11.5ヶ月、5.9ヶ月と良好な層別化を認めている。今回、手術例が8例と少なく、多くの症例では正確な病気分類ができていない。しかしIMIG分類のT因子のうちT1ならびにT2CTあるいはMRIでの画像診断精度が46%〜67%に対して、T3ならびにT4では65%〜80%と高く、T因子で決まるV期ないしW期は画像診断である程度可能である。そのため、今回T期ないしU期例を合わせた例とV期ないしW期を合わせた例とを比較したが、それぞれのMST9.4ヶ月と3.5ヶ月でありV期ないしW期例が予後不良な傾向であった(P0.0538)。同様にManziniらはButchart病気分類であるT期ないしU期のMST15ヶ月ないし17ヶ月に比べ、V期ないしW期例が4ヶ月と有意に予後不良としている。

 最近、少数例の化学療法の臨床試験で、予後点数化式による生存期間の良好な層別化が確認されている。今回EORTC予後点数が1.27以下のLow-risk郡ではMSTと一年生存率がそれぞれ10.4ヶ月と43%であり、High-risk郡の3.5ヶ月と18%に比べ良好であった(P0.0146)。この結果はCurranらが最初に報告したLow-risk郡でのMSTと一年生存率がそれぞれ10.8ヶ月と40%、High-risk郡が5.5ヶ月と12%とほぼ同等の結果であった。したがって、この予後点数化式は臨床試験のみならず一般臨床での対象に対しても応用できる有用な予後因子と考える。

 生物学的予後因子として腫瘍壊死の検討をした。今回、症例数が少なかったが単因子解析で腫瘍壊死が有る郡のMST7.0ヶ月と、無い郡の15.5ヶ月に比べ予後不良であり(P0.0077)、さらに多変量解析でも腫瘍壊死は独立した予後因子であった(P0.0349)。腫瘍壊死は免疫染色を必要としないので簡便に判断でき、新たな治療適応を決める際の重要な生物学的予後因子になる可能性が考えられる。

 

4.考察

 アスベストが、極めて細い繊維であり、大量に吸い込むことで肺に蓄積し、発がん性が有ることは以前から知っていた。また、発症までに2030年の潜伏期があることも知っていた。これをふまえて、その「予後」は「職業病」という観点からも重要であると考え、今回、キーワードのひとつに「予後」を選んだ。まず、一つ目の論文から、中皮腫の前段階であるアスベスト胸膜炎の潜伏期、診断方法、臨床症状、治療と予後について知ることができた。潜伏期間は論文により多少差があることや、診断方法は、X線写真による肋骨横隔膜角の消失、胸膜肥厚、胸水貯留など比較的簡便なものであることがわかった。治療法が対症療法しかないのが残念だ。対症療法しかないのなら、未然にアスベスト曝露を逃れるしか解決策は無い。授業で見させてもらったビデオで、日本政府はアスベストの危険性をアメリカの事例で把握していたにも関わらず、その利便性を優先して使用許可を出していたのには呆れた。潜伏期の長いクロイツフェルトヤコブ病も、事が起きてからではどうしようもない問題なので、日本政府にはなによりも国民の健康を第一に考えてほしい。しかし、事が起こってからが医師の仕事であり、アスベスト胸膜炎では、悪性中皮腫への進展を危惧しながらの、注意深い経過の観察が必要である。二つ目の論文は、予後因子の話であるが、臨床的予後因子にButchart病気分類や、IMIG分類、予後点数化式などがあり、生物学的予後因子として腫瘍壊死の有無があり、その因子の有用性を明らかにするためには、様々な検査データが必要であることがわかった。これらのデータは、集めることはもちろんだが、そもそも集めるべきデータを決定することが何より大変だと考えられる。病気のことを考えたときに、その病気と相関して考えられること、例えば、今回のように生物学的予後因子として腫瘍壊死に着目することは、医学生のうちからできることである。論文を検索し、調べることで、そのような能力を鍛えることは、将来、論文を書くときに必要であり、今後の医療に貢献するための力となるにちがいない。

 

4.まとめ

 今回、授業で見させていただいたビデオの内容と、「中皮腫」「予後」の二つのキーワードを元に検索した論文の内容について考える過程で様々なことを考えた。まず、中皮腫の前段階であるアスベスト胸膜炎や予後因子といった論文の内容はもちろんのこと、論文の書き方や、これから医師になる者として論文がいかに重要で有用であるかなど。今回の論文検索の機会をきっかけに近い未来を見据えて、医学生はもっと自発的に貪欲に医学知識を求める努力をしなければならない。